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国立競技場から新宿副都心のビルを望む
国立競技場から新宿副都心のビルを望む

この画像は昨年の末に国立競技場で開催された天皇杯準決勝 横浜マリノス vs 柏レイソル戦で撮ったものです。

以下、2014年1月1日追記

写真中央に見える一際高い建物は代々木にそびえるネオゴシック様式のNTTドコモタワー。頂上部のアンテナ状の長い赤白の棒があるこの建物を見たことがある方は少なくないと思いますが、時代錯誤的なネオゴシックが逆に新鮮に感じます。ところで、頂上部の赤白の部分、設備をつり上げるクレーンだそうです。年に数回だが、棒が二つに割れて、クレーンが基地局などをつり上げるそうです。(参照:FOMAを支えるドコモタワーに潜入

録画しておいた「食彩の王国」を見たら、今回の食彩はオリーブオイル。京都の山中油店が紹介されていました。江戸後期の文政年間(1818-1829)の創業だそうです。そもそも油屋という存在自体を知らなかったのですが、「食彩の王国」によると古都京都でも今は2店だけだそうです。昔ながらの建物の風情も含め行ってみたいでね。

山中油店
京都市上京区下立売通智恵光院西入508
【営業時間】8:30~17:00
【定休日】日、祝

昨日検査の為行った病院に置いてあった雑誌に今でもエジソン電球を作って販売している話が載っていました。エジソン電球のフィラメントを竹で作られる方が一人だけいるそうです。この雑誌によるとエジソン電球のやさしく優雅な光は今も評価が高いそうです。帰宅してネットで調べたら、これも京都のタチバナ商会で販売しているようです。こちらもむかし造りの店舗です。

タチバナ商会エジソン電球についてはこちら
京都市左京区岡崎南御所町22-11
【営業時間】12:00~18:30
【定休日】日

埼玉県八潮市にある日本で1か所しかない文字の地名「垳(がけ)」がなくなる?

その是非はともかく、「古くからの由来のある地名がなくなる」のはよくあること(?)なのでしょうが、日本で1か所しかないちょっと変な文字の地名がなくなるかもということで、新聞の全国版にも小さい記事が載っていました。

新聞の埼玉版の頁には時々、このテーマの小さな記事が載っていることがあるような。

白水社のサイトには地図に関する著書を多く書いている今尾恵介さんの連載エッセイ「日本を定点観測する」があります。その『第24回 日本で1か所しかない文字の地名「垳」 ─ 埼玉県八潮市』の興味深い記事を読むと、こういう地名は残して欲しいなという気持ちになります。

ANAの機内誌「翼の王国」2012年4月号に『闇夜の物々交換』を紹介する面白い記事が載っていました。以下、記事の抜粋です。

大分市坂ノ市(さかのいち)の萬弘寺で毎年5月18日から1週間『萬弘寺の市(いち)』が開かれます。この一週間におよぶ縁日の期間中にたった一度だけ、期間中の土曜日の明け方の数十分間に『闇夜の物々交換』が行われます。坂ノ市の人々は「かえんかえー、かえんかえー(換えませんか、換えませんか)」という口上をあげながら、このイベントを楽しみます。萬弘寺は創建が585年という古刹で、もともとはこの物々交換は海辺の民は海産物を、山間部の民は持ち寄ったものだったそうです。この市の期間には萬弘寺の脇の広場に大きなステージも組まれ、連日さまざまな催しも行われます。坂ノ市では萬弘寺の市の際に里帰りする人も多いとか。この闇夜の物々交換の次の日の日曜日には、幼稚園から小学校高学年迄の子どもたちが『子ども物々交換』を楽しむそうです。

そう、今年は明日の朝4時から『闇夜の物々交換』が行われます。ネットで検索したら、以前、5時から始めたら、明るすぎて雰囲気が出ないの声があがったとか。

それにしても、お金で物を買う普通の市ではなく物々交換、しかも闇夜に行うなんて。

リンク:萬弘寺の市

5/20 追記 夜明け前 伝統の物々交換 大分市坂ノ市で「萬弘寺の市」(今年の萬弘寺の市を紹介する西日本新聞の記事)

一つ前の投稿のタイトルは椎名誠の著書『インドでわしも考えた』にかけています。椎名誠の著書は全然読んでいませんが、出版当時、このタイトルはちょっと気になりました。

ところで、「わし」と言えば『天然コケッコー』。S県香取郡木村稲垣(えすけん かとりぐん きむら いながき)を舞台にしたくらもちふさこの漫画を映画化したものしか見ていませんが、主人公の中学二年生の右田そよは岩見弁で自分の事を「わし」って言うんですよね。

S県香取郡木村稲垣はくらもちの母方の出身地の島根県浜田市をモデルにしているようですが、今の若い女性でも「わし」って言う地域ってあるのでしょうか?

2/19の投稿で鶯谷の南口駅舎について書きましたが、駅舎は地形的にちょっと高い所あるような感じですが、『鶯谷』という地名から考えるとちょっとした起伏があるのでしょうか?

先日、地元の書店で見つけて、つい買ってしまった『東京「スリバチ」地形散歩』という本。この本の最初の方に

東京の地名を眺めてみると、「谷」の付くものが実に多いことに気づく、例えば山手線内だけでも、渋谷、四谷を代表に、・・・・・
山手線の外側に目を向けても、・・・・・阿佐ヶ谷、世田谷など、「谷」を含む地名は武蔵野台地に散らばっている。

とあって、谷の付く地名が14あげられています(鶯谷は入っていません)。 この本によると大久保の久保も窪という意味で、かつての蟹川の氾濫原だった広大な盆地を呼ぶ地名とする説が有力だそうです。また、「田」の付く場所はかつては水田が広がっていたエリアだそうで、神田、早稲田等、9の田の付く地名をあげています。

谷や田の付く東京(江戸?)の地名いくつ言えますか?

建設された当時(1989年竣工)は金色のXXXに見えるオブジェで話題になったアサヒビール吾妻橋ホール。隅田川を挟んで浅草の対岸にあるこの建物を見た事がある人は多いと思いますが、今再び注目を浴びているようです。吾妻橋の上から東京スカイツリーを望むと、墨田区役所、アサヒビール吾妻橋ビル、アサヒビール吾妻橋ホールと併せて画像に納めることができるので、人気の撮影スポットとなっているからです。私がこの建物を見るのは電車からですが、いつも金色のXXXに目がいってしまい、隣のアサヒビール吾妻橋ビル(アサヒビール本社ビル)がジョッキにそそがれたビールをイメージしている事に気付きませんでした。このビルの22階にある展望レストラン「ラ・ラナリーナ」も東京スカイツリーがよく見えるということで大人気だそうです。

そうそう、タイトルのXXXはホノオ(炎)ですよ。

最近、富士山麓の御殿場市に行く機会があり、1月末に日暮里富士見坂から見える見事なダイアモンド富士(富士山の山頂付近に夕日が沈むのをこう呼ぶそうです)が新聞記事やTVのニュースで話題になっているのを思い出しました。富士見坂と命名されている東京都心の坂で今も富士山が見えるのはこの日暮里の富士見坂だけになってしまったそうです。40年以上前に私が卒業した地元上尾市の富士見小学校からは今も富士山は見えるのでしょうか、校舎屋上からは見えるでしょうが、校庭からは見えるのかな?

リンク:

今読んでいる『ポストモダン建築巡礼』という本が面白い。と言うか、自分が興味があって買った本だから面白いのですが。この本、一世を風靡したポストモダン建築を《巡礼》した本ですが、奇抜な建築が少なくない中で特に面白いと思ったのが、熊本県球磨郡球磨村にある『球泉洞森林館』。ポストモダン建築隆盛時にはポストモダン建築の本も結構読みましたが『球泉洞森林館』については知りませんでした。1984年に建てられた時は林業の資料館だったそうですが、なぜか今はエジソンに関する資料展示がメインだそうです。ちなみに球泉洞は大鍾乳洞です。

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タイトルの「ホワッツ、四半的!?」はANAの機内誌「翼の王国」11月号に載っている宮崎県日南市飫肥(おび)の四半的に関する記事からのパクリです。四半的、もちろん知りませんでした。

でもって四半的って何? そもそも何て読むの?

四半的は「しはんまと」と読みます。弓道”のようなもの”なのですが、的までの距離が四間半(約8.2メートル)、矢の長さが四尺半(約1.36メートル)、的の大きさが四寸半(約13.6センチ)とすべてが”四半”であることに由来する呼び名とのことです。

飫肥ではほとんどの家にマイ射場があり、観光客向けの10本300円の四半的の射場もあるようです。また、「飫肥四半的保存会」なる団体があり、200名近くが所属し、集落毎に24支部に分かれ”週1”ペースで練習し、大会は年10回を超すそうです。面白いのは飫肥の四半的は焼酎を飲みながらやること。地元の松の露酒造には「四半的」という銘柄の焼酎もあります。”ほぼ非売品”で四半的のためだけのような焼酎のようです。

下のリンクの日南市観光情報ブログに今回の「翼の王国」の取材(1月に行われたようです)の模様が記載されています。ところでネットで検索すると四半的って東京の府中市でも盛んなようです。

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