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このブログ記事、最初は「The Lunchbox」というタイトルの筈だったのですが。

先日、『めぐり逢わせのお弁当』(英題:The Lunchbox)という映画を見てきました。この映画、人気のようなのですが、自分が見たいと思ったのはそういうのとは全く関係ないのです。
同じインドでやはりお弁当箱を題材にした『スタンリーのお弁当箱』(Stanley Ka Dabba 英題:Stanley's Tiffin Box)を以前見たことがあって、その時、インドのお弁当箱について初めて知ったのです。
『めぐり逢わせのお弁当』のパンフを見た時、この映画では弁当箱を題材にどんな映画を紡ぎだしているのだろうと思い、見にいこうと決めていました。

さて、『めぐり逢わせのお弁当』を見た人は、誰でもこの映画の重要な題材であるお弁当の配達に興味を持つと思うのですが、『めぐり逢わせのお弁当』の公式サイトでは、映画を見る前に知っておきたいトリビアとして、
ダッバーワーラー:

「弁当配達人」を意味する。家庭の台所から"できたての"お弁当を集荷してオフィスに届けるという、ムンバイに実在するお弁当配達サービスに携わる 人々を指す。5千人のダッバーワーラーが1日20万個のお弁当を手に往復しているわけだが、ハーバード大学の分析によると、誤配送の確率はたったの 【600万分の1】だそうだ。

と紹介されています。

この弁当販売人についてネットで検索した結果をいくつかリストアップします。

昨日、下高井戸シネマで「テルマエ・ロマエII」を見てきました。
ところで、テルマエ・ロマエと言えば、ヤマザキマリ。
ヤマザキマリと言えば、ユリイカ2014年7月の「ガルシア・マルケス特集」でラテンアメリカ文学のオーソリティの野谷文昭と対談していますね。例によってまだ読んでいませんが。
ガルシア・マルケスと言えば、「コレラの時代の愛」を読み始めました。本の帯によると

夫を不慮の事故で亡くしたばかりの女は72歳。彼女への思いを胸に、独身を守ってきたという男は76歳。ついにその夜、男は女に愛を告げた。困惑と不安、記憶と期待がさまざまに交錯する二人を乗せた蒸気船が、コロンビアの大河をただよい始めた時…。内戦が疫病のように猖獗した時代を背景に、悠然とくり広げられる、愛の真実の物語。1985年発表。

ドウス昌代の『イサム・ノグチ 宿命の越境者』を読み終えました。数年前にフリーダ・カーロの画集でフリーダ・カーロとイサム・ノグチがspecial relationshipにある時期があったことを知り、その時イサム・ノグチにも興味を持ち、この本を入手したものの読んでなかったのですが。

札幌のモエレ沼公園や香川のイサム・ノグチ庭園美術館に行きたくなりました。