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ヴィットーレ・カルパッチョの『二人の娼婦』を初めて知ったのは、澁澤龍彦の『幻想の肖像』。『幻想の肖像』は昭和50年に大和書房から刊行されたもので、昭和45年1月から昭和47年12月まで、「婦人公論」の巻頭の口絵の解説として書かれたものを単行本としたものです。読書録によるとこの本を1982年に読んでいます。

『幻想の肖像』でこの絵について知ってから17年後の1999年に私はこの絵に再び会うことになります。須賀敦子の『地図のない道』に所収の『ザッテレの河岸で』です。

以下、『ザッテレの河岸で』からの引用です。

コルティジャーネ。・・・・日本語でふつう《高級娼婦》というおよそ詩的でない訳語があてられる。・・・・・・この言葉が娼婦を意味するようになったのは、十六世紀のイタリアの宮廷で美と才をもてはやされた、ある特殊な種類の女性たちに由来する。

この人たちを《ただの売春婦》と区別するために、日本語ではわざわざ《高級》という形容をつけるのだが、・・・・・・・

美術館のカタログには、・・・・意外な事実が記されていた。コルティジャーネと信じられ、そう呼ばれてきたこの絵の主人公は、じつはヴェネツィアの旧家の、ごくふつうの婦人たちだというのだ。

澁澤が『二人の娼婦』として紹介したカルパッチョの絵の中の二人の女性が娼婦でないということをこの時知りました。この絵は今では『二人のヴェネツィア婦人(高級娼婦)』とか『二人の宮廷女官』とか呼ばれるようです。

この絵に関する話はこれで終わりではありません。最近読んだ福岡伸一の『世界は分けてもわからない』で、この絵とポール・ゲッティ美術館の『ラグーナでの狩猟』とがもともと一枚の絵であることを知りました。ポール・ゲッティ美術館による様々な調査により、もともと一枚のこの二つの絵の背面には蝶番の跡があり、反対部分を構成する未発見の作品と合わせ、扉絵として制作された可能性が高いようです。

http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/carpaccio_veneziane.html