久永強

ふたつ前の投稿で、世田谷美術館の『アンリ・ルソーから始まる 素朴派とアウトサイダーズの世界』へ行った事を書きましたが、10のセクションで構成されていたこの展覧会、「絵にして伝えたい—久永強」というタイトルのセクションに展示されていた久永強の作品に心揺さぶられた人は多いのではないでしょうか。私の場合、久永強もその作品も知らなかったので、より強くimpressされました。

以下、この展覧会の図録からの引用です。会場でも同じ解説が掲示されていたと思います。

熊本でカメラ店を営み、クラシック・カメラの修理にかけては一級の名人といわれた腕前を持っていた久永強。・・(中略)・・60歳から絵を描き始めましたが、ある展覧会がきっかけとなり、自ら封印していたシベリア抑留の記憶が一気に噴き出します。1987年下関の個展で見た画家・香月泰男の<シベリア・シリーズ>。見始めると夢中になり、疲れた足から靴を脱ぎ手に持ってはだしのまま、何時間も見続けたといいます。そして久永が到達した結論は、「私の知るシベリアはこれではない。私のシベリアを描かなければならない。」というものでした。・・・・